ダイソーにとんでもなく本格的なワイングラスがあった!?
ただ、ちょっと気になることも…

「めっちゃいいもの見つけちゃった、でも一方で少しモヤモヤしちゃったな、という話」

毎日手にして得た感覚

ワインの仕事をしていると毎日必ず触るもの、それは*ワイングラス*です。

店をオープンして10年以上、営業のある日は毎日ワイングラスを洗って拭いています。

これまでに色んなタイプのグラスを買って、使って、洗って、拭いて、そして時には割ってきました。

そんな中で自然と養われたのは、ワイングラスを見たときにそのグラスのグレードがだいたいわかるという眼力です。

ワイングラスを作っている会社は、ワインを作っている会社ほど種類は多くありません。

その中でも、日本のマーケットで流通していて、お店で使われているものだと、ぐっと数が限られます。

代表的なところでは、リーデル、ショット・ツヴィーゼル、ロブマイヤー、ザルト、バカラ、シェフ&ソムリエ、シュピゲラウ、シュトルッツル、東洋佐々木ガラスあたりでしょうか。

これらのメーカーは、台座の部分にメーカーのロゴが入っているものが多く、それによってブランドを識別することができます。

さらに、それぞれのメーカーが作っているモデルには「一見してわかる形状の特徴」があるため、わりと覚えやすいです(特徴がそれほどないものもありますが、実はその特徴のなさも特徴です)。

なので、ある程度のグラスの形状のパターンを覚えれば、カタログや業務用の仕入れサイトなどの情報で、だいたいのグラスのグレードが分かるようになる。

で、その経験値が元になって、「この薄さとこの形の美しさだったら5,000円はするだろう」とか「これはそれほど薄くないから1,500円で妥当だね」とか、大まかな市場価格の感覚が身につくわけです。

(ちなみにうちの店では、1脚2,000円までとルールを決めています。店の格とグラスの格をあわせるため。)

そんな僕が、つい先日、「僕が知っている市場価格をあまりに逸脱している」と思うグラスに出会ってしまいました。

それが、ダイソーの薄(うす)グラス 500mlです。

薄グラス

なんということでしょう。

税抜き100円です。

正直、これなら300円でも安い。500円でも買います。800円でも高いとは思わないでしょう。

まずこの薄さ。驚きました。

透明度も高い。素晴らしいです。

オーが作ったフォーマットに乗っかっている

脚があるものこそがワイングラスと思われがちですが、脚がないワイングラスも、すでにワインの世界では広く使われています。

これは、ワイングラスのトップブランド・リーデル社が2004年に発表したタンブラー型の脚なしワイングラス「リーデル・オー」の影響が大きいと思われます。

オーは、本格的とカジュアルさをうまいこと両立させ、世界中でファンを獲得しています。特にアメリカで受けているようです。

僕の店「ロックモ」でもレギュラー選手として長く活躍しています。

リーデルの公式サイトに、オーはこう説明されています。

ステムが付いていないので、ダイニングテーブルにきちんと腰掛けていなくとも、ソファでゆったりとくつろぎながら、キッチンでお料理をしながら、自由なスタイルでワインをお楽しみいただけます。
また、小型で軽量な上に耐久性にも優れており楽々と持ち運ぶことができるので、
ピクニックやバーベキューなどアウトドアのイベントでも
ワインをじっくり味わえる器として大活躍します。

たいへんわかりやすい説明。

さすが大手。

コピーライターさんによる練られた宣伝文でしょう。

しかしながら、この説明はダイソーの薄グラス 500mlにも、そのまま当てはまってしまいます。僕がコピーライターだったら腹が立つくらい、ぴたりとダイソーグラスにも当てはまります。

持ち運ぶのが楽、場所をとらない、脚が折れる心配がない、アウトドアでも本格的なグラスで楽しめる。

まあ、リム(口が当たる部分)に若干、補強のためのポッコリとした盛り上がりがあったり、底の部分に凸凹があったりするので、本家オーと比べればもちろん品質の違いはあるんですけどね。

しかし、特筆すべきは、薄さです。

これはたいしたものです。

これが、リーデルのおよそ20分の1の価格で実現できているのだから、びっくりたまげてしまったわけです。

マトゥアと薄グラス

NZワインでもポピュラーな銘柄「MATUA SAUVIGNON BLANC」といっしょに撮ってみました。ワインの量は100mlです。

香りを蓄えるボウル部分の体積も申し分ないです。

サイズ感でいうと、リーデル・オーの場合、カベルネ/メルロのタイプで600ml、ヴィオニエ/シャルドネのタイプで320ml。

ダイソー薄グラスは500mlのワンサイズ(僕が見た限り)。

本家と比較しても、やや大ぶり寄りであることがわかります。

やや縦長なスレンダーな型なのですが、500mlという大容量で作ってあるためワインを100ml入れたときの表面積はしっかり稼げます。

したがって、そこから揮発してくる香りの量もじゅうぶん。

鼻をボウルの中に入れれば、しっかりとワインの複雑な香りをかぎ取ることができます。

つまり、繊細な香りを持つ高級ワインにもばっちり対応します。

ほんとスゴいや。

リムのポッコリ感

ちなみに「本格的なワイングラス」と「本格的でないワイングラス」の判別方法でいちばんわかりやすいのは、「グラスの薄さ」とさきほども言及した「リムのポッコリ感」です。

グラスの薄さは、見て、持てば誰でも分かりますね。

リムのポッコリ感は、何が問題かというと、グラスから口へのワインの流れに影響が出るということです。

割れ防止のために強化されているポッコリなリムは、注がれたワインを飲もうとしてグラスを傾けたとき、せきとめたダムのような役割をします。

液体がいったんそこに溜まるのです。

そこから、グラスをさらに傾けてはじめて、リムのダムの上にワインがあふれ、勢いよく口の中に入ってくるわけです。

つまり、リムのダムがあると、口に入ってくる量を調整する動作が難しくなる。ワインが一気にどばーっと口の中に入って来やすくなってしまいます。

逆に、リムの盛り上がりがまったくないと、傾けた分だけそのままワインが口にすーっと入ってくる。量や入ってくるスピードの調節がしやすくなるのです。

だから、少しずつ繊細な味を楽しむワインの場合、口に入ってくるワインを繊細に加減できるように、リムのダムなしのグラスが主流なのです。

それを踏まえて、このダイソーグラスはどうか。

薄グラス

ダムはあります。

しかし、僕が出会ったこれまでの100均グラスと比べると段違いで堤体が低い

実際にワインを入れて飲んでみましたが、どばーっと入ってくるような違和感は感じませんでした。

ダムなしグラスの感覚にとても近いです。

さらに、この小さな堤体が丸みを帯びているので、口に当たったときのタッチが柔らかく感じます。

リムダムなしの高級グラスは、割とエッジーな口当たりになることもあるのですが、ダイソーのはそうではなく、ふわっと口にフィットします。

これはたいへん好印象です。

ワインの感じ方にも影響があるように思います。

もしかすると、味わいのまろやかさをアップさせることに寄与するかもしれないなと思います。

 

ただ、高コスパすぎて心配してしまう…

本当にこのグラスのコスパは本当に目を見張るものがあります。

僕は以前、プレゼントでいただいた4,000円のワイングラスを翌日に割ってしまったという苦い経験があります。

そう、グラスはどんなグラスも割れます。 最悪です。

さらに悪いことには、ワイングラスに入れる液体はワインというアルコール飲料だということ。

誰かが洗ってくれる場合ならばいいのですが、自宅でワインを楽しむ場合、アルコール入りの体でグラスを洗ってしまうことがあります。

これは、レッドカード。 審判がいたならベッドへ即退場です。

酔っ払いほど、自分を過信します。 酔っ払いほど、手元が狂います。

洗剤のぬるぬるで滑り落ちてパリン。 拭いているとき力加減を間違えてミシっ。 他の食器と強く接触させてしまってパキっ。

ぜんぶやったことがあります。

キーボードを打ちながら、あの嫌な感覚がありありと蘇っています。

鉄則は、ワイングラスはゆすいで、少量の水を入れておいて、放置。

翌日洗うべし、です。

これ、ソムリエ協会の教本にも書いておいて欲しいと思います。

しかし、そこへもってこのダイソー薄グラス500ml。

100円です。

割れても「ま、しょうがないか」と思ってしまう価格です。

薄グラス

(ちなみに持つときに滑らないテク。小指を底の部分に添えると、ホールド感が出ます。)

脚がないグラスは、場所をとらない。 だから大量に買っておける。 割れたら次のをおろせばいい。

安物の扱いが雑になるのは人の常です。

雑に扱って割れても、はい次でオッケーだと。

ただ… 僕はこう思うのです。

このグラスの生産者はどう思うんだろうか。

ワインを仕事にしていると、一杯のグラスに注がれたワインから、そのワインを作った人がどんな仕事をしているか想像することがあります。

たとえば、伝統的な味わいのワインの場合。 親父とその息子。そして嫁が協力しあってその代々の味を守っている、とか。

ちょっと濁っているワインの場合。 世界を旅して戻ってきた息子が、俺らしいワインを作りたいと流行のナチュラルなスタイルを取り入れた。最初は反対した親父も、今はそれをしぶしぶ認めている、とか。

勝手な妄想もありますが、日本や海外の作り手さんにお会いしたときにうかがったエピソードの断片が頭の中でつながったりします。

なので、やはり僕は、この薄グラス500mlの生産者に思いを馳せざるを得ない。

商品タグにはMADE IN POLANDと書かれています。

グラス 職人

「おい、日本からこんなに大量に発注が来たぞ。でも、こんなに安い値段で納品するのか…」

「父さん、うちの技術ならなんとかいけるよ。 これはチャンスだ。 だって、日本は情報化が進んでいる国だろ? これをきっかけに、僕らの技術を知ってもらおうよ。 そうすれば、日本から評判が広がって、世界のワイン業界から脚光を浴びるかもしれないんだぜ。」

そうやって仕事を受け、少しのお金を手にした親子はポーランドからはるばる日本にやってきました。

「さて、俺たちのグラスはどのショップで売っているのかな。」

子 「父さん見てみろよ。俺たちのグラス、こんなところに**置いてあったよ。これ、雑貨屋じゃないか。 ぜんぶ100円?俺たちのグラス、ボールペンと同じ価値なのか? ワインが好きな人は、本当にここに来て、俺たちの技術をわかってくれるのか?」

親 「どうやら、俺たちのグラスは日本じゃ、これくらいの価値ってことらしい。苦労して築き上げた俺たちの技術は、いったい誰を喜ばせているんだろうな…。」

「父さん…あのとき俺があんなことを言わなければ(涙)」

いかん! これはまずいですぞ!

話は完全に妄想ですが…

ただ、物づくりの観点からちょっと考えたい。

作り手は職人さんです。

当然、このグラスはハンドメイドでなくて、マシンメイドだと思いますが、それでもポーランドの地場産業の技術がつめこまれているはず。

その技術を支えるのは紛れもなく職人さんです(妄想では代々ガラス工場を営む親子)

その職人さんによる製品が、ワイン愛やグラス愛をもったスタッフがいる売り場ではなくて、大量におびただしい種類の雑貨を扱う大型店に置かれ、横並びの激安価格で売られている。

それを彼らが知ったら、ちょっとプライドに傷がついちゃうかもな、と思ってしまいました。

誇りを持った仕事をしている人ならば、自分たちの作ったものの価値が分かる人に商品が届いて欲しいと願って仕事をしているはずです。

「このグラスを作った人はすごいね」 そう言われることを想像しながら 「よし、誰かの幸せな食卓のために、今日も頑張るか」と仕事に精を出しているんじゃなと思います。

エンドユーザーの幸せな暮らしを願う人が、いい物をつくる心を持っている職人だと僕は思っています。

だから、ホントにいいのかこの価格、と思ってしまいます。

結局、このグラスを薦めたいんだか、薦めたくないんだか、よくわからない文になりましたが、僕の言いたいのは、

「熾烈な価格競争が進みすぎると、職人魂が失われていく危険性もある」

それを頭において、商品を選ぶことも時には必要なのかなということです。

分かりやすいバリューが勝負の今のご時世、甘っちょろいですかね…

でも、僕のいるワイン業界では、わかりやすくその「危険性のある」現象が起きています。

大量生産の安いワインが出回りすぎると、本当に美味しい手作りワインを作っている生産者が苦しむ。

ここ最近のチリワインがそうです。

あまりに安く設定しすぎている銘柄があって、そのせいでチリ=安物のイメージがついてしまった。

手作り系の本格的なチリワインは苦戦して、結果、チリワイン全体の売り上げもイメージも落ちてしまった。

ちょっと残念です。

経済活動なので安さも大事ですが、ワインとかグラスって「文化」という側面がありますからね。

その文化が健全な状態で続くような取り組みも必要なはずです。

それってまずは、その文化を好きな人が、ちょっとずつ「コスパがいい商品もいいけど、背景がしっかりある商品もいいよ」と啓蒙していくしかないのかな。今はそう思っています。

最後に、グラス文化を牽引しているリーデルに敬意を表してリーデル・オーのオンラインショップへのリンクを貼って閉めたいと思います。

リーデル・オー

そして、ワイングラスの選び方について書いた記事はこちら。

【ワインを飲む】その1.ワイングラスについて

ではまた。

この記事の筆者

岩須
岩須 直紀
ニュージーランドワインが好きすぎるソムリエ。ラジオの原稿執筆業(ニッポン放送、bayfm、NACK5)。栄5「ボクモ」を経営。毎月第4水曜はジュンク堂名古屋栄店でワイン講師(コロナでお休み中)。好きな音楽はRADWIMPSと民族音楽。最近紅茶が体にあってきた。一般社団法人日本ソムリエ協会 認定ソムリエ。
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