ぐいぐい系の営業トーク

電話が鳴ります。サトミが取ります。

「岩須さーん、店長が出勤する時間教えてくださいってしつこく聞いてきた人が、またかけてきました。どうしましょう?」

「・・・・了解。」

ふーっと息を吐いて、保留音を解除します。

「店長さまでいらっしゃいますか?なんどもお電話しまして大変失礼しました!ネットで拝見していましたら、ボクモさま、たいへん素晴らしい魅力的なお店だなあと感じまして、そんなボクモさまにさらに多くの方がご来店されるために、当社がお役に立てるのではないかと思いまして、今回ですね、すぐに導入してくださいというわけではなくて、色んなお店様に採用していただいている弊社の集客システムをですね、一度ご紹介させていただきたいと思うのですが、今週もしくは来週、5分だけで構いませんので、お時間いただける日はありますでしょうか?」

はい来た。来たこれ。

飲食店をやっている方なら、超あるあるだと思いますが、そうでない方にはちょっと説明が必要かも。

この手の電話は、1週間で少なくとも3回。多くて10回以上かかってきます。ノルマを課せられたアポ電の皆さんは大変だと思いますが、お金をもらうためにやっているのですから、大変で当たり前です。応対するこちらはもっと大変です。こちらの電話応対という時間無料で差し上げているのです。時間はとても大切な経営資源です。「店をやっていて、電話番号をさらしている」というだけで、その経営資源を奪われるオプションがついていくるのが、2020年の日本です。まったくもう。

ただ、これをストレスだと思うと、飲食店なんてやっていられません。保留音の解除ボタンを押して相手が話し始めると、僕はズドーンと心のシャッターを下ろし、ふーっと息を吐いて、例文の準備をします。そして、相手が話し終わると同時に、店長の僕から自動音声ガイダンスの僕にバトンタッチします。

以下、ガイダンスの例文です。

① 申し訳ありません。こちらはお客さまのためのご予約の電話番号となります。それ以外のご用件は承っておりません。
② 申し訳ありません。当店は、電話での営業や勧誘、案内などは、いっさい承っておりません。
③ Could you speak English, please? I don’t speak Japanese. I’m always busy. Forever. Thank you, bye.

たいがい①か②で、心の余裕があるときは③です。

これを淡々と、感情をなるべく押し殺したナレーションでお届けします。

このとき気をつけなければいけないのは、そのアポ電くんも、将来ボクモのお客さんとして来店する可能性があるということです。感情的になってガチャンと切ってしまってはダメです。彼も彼で断られてばかりの仕事をしていて辛いでしょう。今後、やっぱり別の仕事をやろうと転職して、そしたら彼女ができて、デートでワインを飲もうと思ったときに、候補に挙がる店にならなければいけません。

だから電話応対ではあくまでも、すみません、申し訳ないですというスタンスは崩してはいけないのです。ここテストに出るので、赤線を引いておいてください。

ところで僕は、こういう電話での営業をはじめとする「ぐいぐい系の営業」がとても苦手です。

マンションの建築現場でアンケートを持って声をかけてくる人とは友達になれそうにない(僕にはできない大変なお仕事だとは思いますけど)。洋服屋さんでは、話しやすい雰囲気を作ってるけど自分からは来ない、こっちから声をかけてはじめて世話してくれるタイプの人のが好きです。

「皆様のご来店を心よりお待ちしております」

飲食店でよく見る定型文のこれも、僕はちょっと苦手。「ぐいぐい」ほどじゃないけど「ややぐい」くらいのムードを感じます。だって、お客さんを待ってるのはみんなわかってる。商売なんだから。それは言いたくても言わない方がスマートだし、その表現にはお客さんが得する情報が入ってない。別の言葉で、お客さん目線に立った表現や、もっと魅力がすんなり伝わる方法ってあるんじゃないのかなって思っちゃう。少なくとも自分の店では、お客さんが得しないぐいぐい表現がなるべくない感じでやりたいです。

例えば・・・

 

「今日のお弁当、個人的に買って帰ります。めちゃお得だもん。」

「新ワイン入荷。辛口の白が好きな方にはきっとハマるよ!」

「本日生ビール100%オフ、間違えた、10%オフ」

「お暇なら来てよね、うっふん。」

 

・・・いかん、ちょっとズレてる気がする。なんか違う。しばらく飲食営業をしないうちに、センスが鈍ったかも知れない。ヤバいですね。

素直に

「ご来店待ってまーす!」

これでもいい気がしてきました、ダサいセンスが漏れるくらいなら(笑)

しかしねえ。

まさかその「ご来店待ってます」ですら、言いにくい世の中が来るとは思ってもみませんでした。

ボクモは明日木曜日(5/21)から、お弁当&ワイン販売と並行して、店内での飲食を再開しようかなと思っています。しかし、僕から積極的に「店内飲食再開!やっぱり外食って楽しいよね!ご来店待ってます!!!」とか、非常に言いにくい。

そろそろ経済がやばい。給付金や協力金があまりに少ない。営業再開していかないと店はどんどんつぶれていくでしょう。でも、まだクラスターになる危険性は当然ある。スタッフが感染する恐れもある。

「ボクモが再開したから飲みに行ってくるね」と奥さんに言ったら「何を言ってるの?これから第二波がくるのに、気を緩めてどうするの?」と喧嘩になるかもしれない。ボクモが喧嘩の原因なんて、嫌だよ。

だから、大手を振って「ご来店待ってます」なんて言えないよね。きのうもサトミとシェフと、そんな話をしていました。

そしたらまた電話。サトミが取ります。

「岩須さん、テイクアウトの店の集客と販売促進をぜひともお手伝いさせていただきたい、すぐに導入というわけじゃなくて話だけでもって。」

 

ふーーーー。

 

冷静になろう。

 

①、②、③、①、②、③・・・

 

「すみません、今、ゆとりがないので、お話を聞くことができません。え?いつなら忙しくないかって?

違います。時間ではないのです。心のゆとりがないのです。

どうか、お察しください。」

岩須は、新しい言い訳④を手に入れました。

この記事の筆者

岩須
岩須 直紀
ニュージーランドワインが好きすぎるソムリエ。ラジオの原稿執筆業(ニッポン放送、bayfm、NACK5)。栄5「ボクモ」を経営。毎月第4水曜はジュンク堂名古屋栄店でワイン講師(コロナでお休み中)。好きな音楽はRADWIMPSと民族音楽。最近紅茶が体にあってきた。一般社団法人日本ソムリエ協会 認定ソムリエ。
1 / 4